テレビ東京 引っ越し担当者インタビュー

引っ越しの始まり

テレビ東京の六本木三丁目移転プロジェクトが始まったのはいつ頃ですか?
私が総務部に来たのが2011年の6月。テレビ局には放送するための設備があり寿命が15年程度と言われていますが、テレビ東京と当時のBSジャパン、今のBSテレ東のマスター放送設備が2015年の3月に寿命を迎えるといわれていて、そろそろ引っ越しの段取りを決めないとまずいんじゃないかという時期でした。
2011年の7月にはいくつかの物件計画を見て、今の六本木三丁目に白羽の矢が立ったのが、2011年の冬でした。
そこから各所調整し、最終的に移転先を決定したのが2012年の5月です。
私が総務部に行ってから半年ほどで、どこに引っ越すかが決まり、そこから半年ほどで最終的な確認を進めて、引っ越しが始まったという感じです。

チーム結成

今回その引っ越しプロジェクトのチーム編成は、どういったものでしたか?
最初は総務部が主体でやっていて、技術局という放送設備を設計する部署と一緒に打ち合わせを始めました。
「社屋整備プロジェクト」という名前で打ち合わせをしていて、2012年の12月に社屋整備室という部署を作りました。
室長以下、放送設備系やオフィス系担当者、主な局室長が集まってチームを編成しました。

引っ越ししなければいけなかった理由

引っ越しを行わず、同じ場所で放送設備を変えるという選択肢はなかったのですか?
30年前にも放送設備の寿命が来た時に引っ越しを行いました。
その後15年経った時は同じ建物内の別のフロアに放送設備を移しました。
さらに15年が経ち、もう1度別のフロアに放送設備を移すことも不可能ではないのですが、建物も古くなってきたことと、放送設備を移す時に床下にケーブルをたくさん張る必要があるのですが、ケーブルを繋ぎ直す作業をする際に、間違ったケーブルを切断してしまうと放送が止まってしまう。そういうリスクを背負うよりは、別の建物に引っ越すべきだということになりました。

テレビ東京、引っ越し奉行小林さんについて

ちなみに小林さんが今回このプロジェクトに入る前っていうのは、どこにいらっしゃったんですか?
まさに、映画「引っ越し大名!」の星野源さん演じる春之介同様に書庫番からなりました・・・
という訳でもないのですが、元々証券会社で働いていました。
テレビ東京は2004年に株式上場したのですが、2001年に上場の準備のためにテレビ東京にきました。
最初は上場準備室という部署で、上場のためのプロジェクトを行い、それから無事に上場を果たしたので広報IRの仕事をしていました。
その後、財務部を経て、総務部に行ったのが2011年です。
上場を経験したのだから社内のことよくわかっているだろうと思われたのか、最終的に引っ越しのために総務部に異動してきた、、、という感じです。
まさに引っ越し奉行ですね。正直、逃げ出したいと思う瞬間はありましたか?
それはずっと思ってました(笑)。一番逃げ出したいと思ったのは、お金のやりくりに困った時ですね。
東日本大震災があったので、建築関係の人や物のコストが上がり、さらに東京オリンピックが決定して色々なコストが上がることになると設計会社から言われました。
なので途中経過で想定されるのはこの金額だが、実際の金額はもっと高くなっている可能性があると言われていましたが、実際に見積りで出てきた金額が、想像をかなり上回っておりました。
開示していたトータル180億円という予算で準備を進めていたので、そこを考え直すのが一番大変でした。
映画でも、春之介(星野源さん)が引っ越しの予算を集めるのに、四苦八苦したりとお金面の苦労が描かれてましたが、時代は違えどお金の管理が一番大変でしたね。
そこから1年かけていろんなことを工夫して、お金をどんどん絞っていって何とか引っ越し出来るところまでたどり着いたという感じです。
具体的には、建設する時点でそもそも必要のない壁は作らないようにすることで壁の数を減らしたり、作るとしても強度は変えずに壁の厚さを10としたら8に削るなど、細かい作業を積み重ねていきました。

失敗したら、切腹!?

ちなみに映画の中では、春之介は失敗したら切腹!という状況でしたが、実際そういうプレッシャーはありましたか?
一般企業の引っ越しと比べると、人や物、物を動かすだけでなく、テレビ局なので放送設備が無事に移せるのか!?というのが一番のプレッシャーでした。
昨日まで旧本社から放送していて、明日から新本社から放送するという形になるのですが、それが計画通りにいかないと放送が止まってしまう。それだけは避けなければならないと思ってました。
放送を止めてしまうというのはテレビ局の中では切腹のようなものかもしれないですね(笑)
実際に切腹するわけでないですが、会社員としては厳しい道を歩まなきゃいけないかもしれません(笑)
それくらいの緊張感を持って引っ越しに取り組んでました。
お話を聞いている限りでは相当大変なプロジェクトで責任も重いと思いますが、その中で何かやりがい、面白さみたいなものを感じられる瞬間や出来事はあったりしましたか?
新本社の中にプレゼンテーションルームを作っているのですが、試写室の拡大版のようなもので当初は「どのくらいの利用価値あるのかな?」と思いながら作っていました。
実際に出来上がって使い始めた時に、試写室としては当然のこと、その他新作番組の発表、映画の発表など、試写室以外に月に何回も様々な部署の人が使っていて、使い勝手が良いものを作れたことは非常に良かったなと思います。
また、その隣に社員食堂があって、今まで椅子がパイプ椅子だったのですが、「社員食堂を打ち合わせに使うことが多い」という意見を反映して、いろいろな座席を導入しました。
そこでお昼ご飯を食べる人もいれば、パソコンだけ持ち込んでずっと仕事をしてる人もいて、夜にはパーティーを行ったり、多目的にみんなが使ってくれていることは非常に良かったなと思いますね。
引っ越しをしている間というより、引っ越しが無事に終わってみて、「やって良かったな」と思うところが多くありました。

引っ越しの指南書

映画では引っ越しの指南書、10か条のようなマニュアルがあったんですが、今回、30年前の引っ越しの際のマニュアルのようなものはありましたか?
全くないですね。ただ映画のように藩の引っ越しについての過去の事例が世の中に全く共有されていないというわけではなく、引っ越しをするためのコンサルタントがいて、引っ越しのアドバイスをしていただきながら進めていたので、自分たちではノウハウや指南書は持っていないのですが、そういうノウハウを持った、外部の人たちにご協力をいただきました。
その他多くの会社さんと一緒に汗をかいて作業をしていったのでうまく引っ越しが出来たと思います。
映画でも星野源さんに、高橋一生さんがいて、高畑充希さんがいて、濱田岳さんがいて、それと同じように社内に社屋整備室や様々なプロジェクトチームがあって、その他多くの会社の助けを借りながら、それぞれがプロフェッショナルを発揮したことで無事に引っ越しが出来たと思っています。

映画さながらの断捨離

映画の中で物を減らすために、色んなもの捨てさせるシーンがありましたが、そのようなことはありましたか?
移転するにあたってまず放送設備を、次に働く人の人数を数えてそれぞれのデスクを入れて、その結果以前の施設に比べて収納が6割しかありませんでした。
その収納に入りきらない4割は捨てなさいという勧告を出したのは映画に近いですね(笑)
捨てなさいという物の中には、テレビ局ならではの「過去の放送の貴重な収録テープ」が多かったです。
これは骨董品を捨てられなかったりするのと同じような感じで、テープは唯一無二だから捨てられませんという人が多かったですね。
ただ強制的に行ったわけではなく、それぞれの部署に任せて行ったので結果的に減ってないところもあったかもしれませんが、考え方はみなさん理解してくれて、かなり荷物を減らして移転はできたと思います。
映画では引っ越しの際に、【御手杵の槍】という藩に伝わる由緒正しいお宝が出てきますが、引っ越しをしたことによって「こんなものが眠ってたのか!」という物は何か出てきましたか?
モノとしては出てきていないのですが、テープ類の整理を進める中で、過去の映像素材をまとめて「こんな映像がありました!」とか、「テレビ東京は昔こんなことやっていたんです」というような面白い映像や貴重な映像をたくさん拾い出してきて、集めた番組を作りました。
テレビ局ならではだなと思ったのですが、「せっかくだからみんな番組にしよう!」と言って作業したのは良かったと思います。

今後の引っ越しを行う方へのアドバイス

この壮大な引っ越しプロジェクトをやる上で一番大切なことはありますか?
15年後引っ越しを行う人に、アドバイスはありますが?
映画では及川光博さん演じる大名が指示を出して、それに基づいて星野源さん演じる引っ越し奉行の春之介が取り仕切ってプロジェクトを行っていましたが、私達が取り組んだプロジェクトもどこかに立ち返ってリーダーの言葉が必要だ!と実感しました。
何か行き詰まった時は、社長の「今回の移転はデジタル版のマスター更新と放送と通信との連携で新価値を作る」というコンセプトに立ち返るようにしました。
入口はセキュリティをかけていますが、基本的にフロア間の移動は自由に行けるようにして、社内のコミュニケーションを取りやすくしました。
また社外の人が来ても様々なところで打ち合わせができるようにして、新しい発想が生まれやすい環境作りを意識しました。
もし今後、私のような引っ越し奉行を務める人がいれば、初めにきちんとコンセプトを決めて、軸を変えずに行っていくことが非常に必要だと、伝えたいです。